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熊本地方裁判所 昭和57年(ワ)410号 判決 1984年9月04日

原告

白石一人

ほか一名

被告

上甫木宏之

主文

一  被告は、原告白石一人に対し金五、〇三六、二六九円及び内金四、五八六、二六九円に対する昭和五五年五月一日から、原告白石キミエに対し金一〇五、九六〇円及びこれに対する右同日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの、その余を被告の負担とする。

四  本判決主文第一項は仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告は、原告白石一人(以下「原告一人」という。)に対し、金二三、三六〇、六〇四円及び内金二二、七六〇、六〇四円に対する昭和五五年五月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、白石キミエ(以下「原告キミエ」という。)に対し、金一、一〇五、九六〇円及びこれに対する昭和五五年五月一日より完済まで年五分の割合による金員を各支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

第三請求原因

一  交通事故の発生と被告の帰責事由

原告一人は、昭和五五年四月三〇日午前七時四〇分頃、普通乗用車(熊五六て二六六七)の助手席に原告キミエを乗せて、これを運転し、阿蘇郡一の宮町大字宮地二二七六番地先を坂梨方面に向けて進行中、前方を同方向に進行中の助宏覚の運転する普通乗用車(熊五五せ四二六六)が停車したのでこれに応じ原告一人も停車したところ、原告の後に追随して普通乗用車(高五五ふ三八六三)を時速約四五kmの速度で運行中の被告は、脇見運転の過失によりそのまま原告運転の車の後方に激突し、原告の車を前方に押し出し、前記助宏覚運転の車に激突させ、前後部バンパー、トランク、左右フエンダーを大破させ(以下「本件事故」という。)、その衝撃により原告らに傷害を負わせた。

二  傷害の程度及び治療経過

(一)  原告一人

同原告は本件事故の結果、外傷性頸椎捻挫による鞭打症、これに伴う頭痛、眼まい、吐気等により、入院六八日、通院実日数一六二日の治療を要した。

(二)  原告キミエ

同原告は本件事故の結果、恥骨不完全骨折、右大腿捻挫、頸椎捻挫による鞭打症並にこれに伴う頭痛、眼まい、吐気等により、入院五一日、通院実日数二八九日の治療を要した。

三  損害

(一)  逸失利益

1 原告一人は海苔漁業に従事しているところ、それは毎年八月頃から海苔種子の培養や網の準備に着手し、一一月から翌年の三月末迄の厳寒期の間汐時に応じて昼夜を分たず海上に出漁し、網張り海苔採取に従事するのである。めまい、頭痛に悩まされながら、小舟に乗つて波荒き厳寒の海上で作業することは、海中に転落する危険もあり、到底不可能である。この期間中、原告一人はほとんど出漁は不可能であつた。ところで、海苔漁業における網張り、網の張り換え、採取時期等は、長年の経験と勘によつてのみ成果を上げることが出来るところ、原告一人は四十年間海苔漁業に専従し来たつた者である。

2 原告一人の海苔養殖業には原告一人及びその他の家族(妻キミエ、息子征喜、息子妻久美子)が従事しきたつたが、原告一人を中心とする家族三人の労働力は、有機的な共同体としてのみ生産の実績を上げ得るものであり、しかも原告一人の高度の経験と勘を除外しては生産は全く成り立たないのである。

この原告一家は、海苔生産を目的とする緊密な生産生活共同体であり、生産収益は挙げて一家の収入とせられ、その間に妻キミエ及び息子夫婦に対し、各別に月給を支払われることはない。故に、本件の如く原告一人の受傷により、一家の収入が激減した場合には、それは原告一人のみならず、家族全員が損害を蒙つているのであるが、本件においては、息子夫婦の損失を別個に請求はしていない。何故なら、右の如き生産及び生活に通ずる共同体においては、家族各人の損失は、一家の総損失の中に包含せられるものであり、それは生産生活共同体の中心である原告の一人の名において(信託関係)請求できて然るべきだからである。

3 昭和五五年度の逸失利益

昭和五五年一〇月から昭和五六年三月まで(五五年度という)の採取期においても、本件事故が無ければ少くとも一三〇〇万円の水揚を得べかりしものである。(漁協出荷分のみ)原告一人は、その他に「味付のり」を自家生産して農村地帯に行商販売を続けて居り、その売上が年間約二〇〇万円位あるのである。然るに、五五年度の水揚は一、五八四、〇五八円に過ぎないから、五五年度の逸失売上は一三、四一五、九四二円である。

4 昭和五六年度の逸失利益

昭和五六年九月から昭和五七年三月まで(五六年度という)における水揚は、本件事故が無ければ少くとも一五〇〇万円になるのである。(漁協出荷分のみ)これに、自家生産の味付のりを加算すれば約一七〇〇万円である。

ところで、この期間の現実の水揚は四、五二五、九五五円である。

よつて、五六年度の逸失売上は一二、四七四、〇四五円である。その間の経費を差引くと五六年度の逸失利益は七、七七四、〇四五円であるが、その中目まい、船酔の為海上仕事を制限される割合を五〇%と見るべきである。

よつて、五六年度の逸失利益は三、八八七、〇二二円と経費四七〇万円の合計額八、五八七、〇二二円である。

(二)  慰藉料

原告一人の場合二三〇万円、原告キミエの場合二五〇万円が相当である。

(三)  損害のてん補

1 原告一人は被告から一、五四二、三六〇円の弁済を受けた。

2 原告キミエは被告から一、三九四、〇四〇円の弁済を受けた。

(四)  弁護士費用

原告一人は本件訴訟の提起、追行のため原告ら訴訟代理人弁護士に委任し、その手数料として六〇〇、〇〇〇円を支払うことを約した。

(五)  まとめ

以上(一)ないし(四)によれば、原告一人の損害額は二三、三六〇、六〇四円、原告キミエの損害額は一、一〇五、九六〇円となる。

四  結論

よつて、被告に対し、原告一人は二三、三六〇、六〇四円及びこれから弁護士費用を除いた二二、七六〇、六〇四円に対する本件事故後の昭和五五年五月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、原告キミエは一、一〇五、九六〇円及びこれに対する右同日から完済まで右同様年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四請求原因に対する認否

一  請求原因一は認める。

二  同二は不知

三  同三は争う。

(一)  原告一人の逸失利益については以下の点が考慮されなければならない。

1 本件事故による原告一人の受傷は、いわゆるむちうち症であるが、同原告は本件受傷前から項部熱感、頭重を訴え高血圧症と診断されて治療中であつたところ、高血圧症のもたらす症状とむちうち症状とは極めて酷似しており、また、むちうち症状の大部分は他覚的所見のない自覚症状のみであり、かつ心因性が強いところであつて、同原告の年齢を併せ考えれば、事故後の治療期間のすべてを本件事故に帰責せしめるのは相当でない。

2 原告方における現実の労働力は長男夫婦であつたこと、治療期間が漁閑期であることなども勘案し、相当休業期間は原告一人において一〇四日とするのが相当である。

3 原告方の経営実体をみると、原告方の収益のうち労働の対価は八割であり、原告一人の寄与率は四割である。

4 原告方の年収は、原告一人の自主申告によれば、昭和五四年度において一、〇四三、九六八円である。

5 これを基礎に原告一人の労働の対価の日額を算出すれば、九一五円となる。

(計算式は、一〇四三九六八×〇・八×〇・四÷三六五=九一五である。)

6 かりに右の申告額に拠ることが相当でないとすれば、原告方の生産漁業所得についてより客観的な数値に近づくには統計資料等に拠つて推計するしかないところ、昭和五四年度の原告方の売上高を原告の主張どおり一五、一六三、三八〇円とし、必要経費率を四五%とすれば、原告方の純益は八、三三九、八五九円となる。これによつて原告らの労働の対価部分の日額を算出すれば七、三一二円となる。

(計算式は、八三三九八五九×〇・八×〇・四÷三六五=七三一二である。)

7 これに前述の相当休業期間を乗ずれば、原告一人の休業損害は七六〇、四四八円となる。

(二)  前記受傷状況や入通院状況などを綜合勘案し、慰藉料は原告一人につき一〇〇万円、同キミエにつき八〇万円を相当と思料する。

(三)  同(三)は認める。

(四)  同(四)は不知。

第五証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  交通事故の発生と被告の帰責事由

請求原因一は当事者間に争いがない。

二  傷害の程度及び治療経過

右当事者間に争いない事実に、成立に争いない甲第一、第二号証、第一二及び第一三号証の各一、二、第二二、第二三号証を合わせれば、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  原告一人

同原告(大正一三年二月二一日生、本件事故当時五六歳)は本件事故により、事故当日の昭和五五年四月三〇日整形外科内田病院(阿蘇郡一の宮町所在)で頸部痛、頸椎軸圧痛が著明に認められ、頸部捻挫の診断、治療を受け、翌五月一日からは頭痛、頸部痛、腰痛を訴えて上塚外科医院(川尻町所在)にて、同月四日まで四日間のうち二日通院し、同月六日より同年七月一三日まで六八日間、外傷性頸部症候群の傷病名で同医院にて入院し、退院後も昭和五六年四月一六日まで二七八日間のうち一六〇日通院して各治療を受けた。(従つて両医院を通算すると通院日数は二八三日(実日数一六三日)となる。

(二)  原告キミエ

同原告(大正一三年八月一日生、本件事故当時五五歳)は本件事故により、事故当日の昭和五五年四月三〇日前記内田病院で左恥骨不全骨折、頸椎捻挫、右大腿捻挫の診断、治療を受け、翌五月一日には、頭痛、僧帽筋痛、悪心を訴えて前記上塚医院に通院し、同月六日より同年六月二五日まで五一日間同医院に入院し、その後も同様な症状をもつて昭和五六年三月七日まで二五六日間のうち一七八日通院し、同年一二月七日から翌五七年一一月一七日まで同種症状のため三四六日間のうち一一一日通院を再開して各治療を受けた。

三  損害

(一)  逸失利益

1  成立に争いない甲第三号証、乙第一、第二号証、証人浦田清人の証言により成立を認める甲第四、第二一号証及び同証言並びに原告白石一人本人尋問の結果によれば、以下のとおり認められる。

(1) 原告一人と原告キミエは夫婦であるが、原告一人は四〇年近く、経験と勘が重要な海苔養殖業に専従して現在に至つている。本件事故当時は、原告ら夫婦とその息子夫婦(息子は二四ないし二五年の海苔養殖業の経験者)計四人で、右業に従事していた。もともと海苔養殖は、夏頃から準備作業に着手し、翌年春頃までに収穫を終えて終了するのであるが、原告一人は昭和五五年度は本件受傷による症状と、入通院治療のため、満足のいく作業ができなかつたばかりか、昭和五五年七月頃、右息子夫婦は千葉県に行つて翌年二月帰つてくるまで海苔養殖業の大切な時期に右業に従事せず、その間、原告らは他の子供達夫婦を臨時に頼んで手伝つてもらつていた。

(2) 原告一人の所属する海路口漁業協同組合が証明した原告一人の乾海苔の水揚高は、昭和五三年度(昭和五三年夏から同五四年春まで)が一四、一一一、八八七円、昭和五四年度が一二、九三二、三八〇円、昭和五五年度が一、五八四、〇五八円(以上甲第四号証)であつたこと、昭和五三年における海路口漁協における海苔網一枚当りの所得率は五一・八%、海苔を製品として出荷するために必要な比例経費(例えば、海苔の乾燥燃料費、採取費、水道光熱費等)が収入金額の二六・九%(計算式は、一四〇〇五÷五二〇六〇×一〇〇≒二六・九である。)、海苔を養殖する以上必らず入用な一定経費(例えば、古網の加工代金、新網購入費、ロープ代、種子代、講師料、肥料、杭等)が収入金額の二一・三%(計算式は、一一〇八五÷五二〇六〇×一〇〇≒二一・三である。)とみるのが一般的とされており(以上甲第二一号証)、九州農政局統計情報部編になる統計よると、海路口漁協の属する有明海区における海苔養殖業漁家の漁業による生産物収入は、昭和五三年、五四年度の平均を一とすると、昭和五五年度のそれは〇・七九であり、(乙第一号証の三四二頁参照。計算式は、九二〇三・四÷{(一一一五八・四+一二〇二〇・九)÷二}≒〇・七九である。)昭和五五年の収入に占める所得の割合は〇・三七六(乙第一号証の三四〇頁、三四二頁参照。計算式は、三四五七・一÷九二〇三・四≒〇・三七六である。)となる。

原告一人の世帯は、本件事故にあう前までは、海路口漁協に所属する専業の海苔養殖業者の中では、上位にランクされる程の水揚高を維持していた。

(3) そして、原告一人に関する、町県民税課税台帳記載事項による所得額は、昭和五四年度が一、〇四三、九六八円、昭和五五、五六年度はいずれも零(乙第二号証)であつた。

(4) 海路口漁協の組合員においても、昭和五五年度の水揚高は、普通の年より軒並み低かつたが、その原因は、気象状況が悪かつたため、腐れが早かつたためとみられた。

(5) 原告一人は昭和五五年二月一日項部熱感、頭重を自覚し、イエズスの聖心病院(熊本市上林町所在)を受診し、血圧140/80と診察され、高血圧症の傷病名により治療を受け、同年三月二八日には右自覚症状も軽減し、血圧も120/80となつていた。

2  右1認定の事実によると、原告両名は本件受傷による入通院治療のため、昭和五五年度(昭和五五年夏から翌年春)は、海苔養殖に従事すべき時間が大幅に減少したことによつて、同年度の原告両名夫婦及び息子夫婦計四人家族(以下便宜、「原告一人世帯」という。)の海苔養殖による収入の大激減をもたらしたこと、但し、同年度は有明海区における海苔養殖業者は気象状況の影響により軒並み減収となつているから、原告一人世帯の減収を、本件事故によるものとのみ理解するのも一面的すぎて当を得ないことが推認できる。

そこで、原告一人の逸失利益算定については、以下のとおり考えるのが相当である。

(1) 昭和五三、五四年度の、原告一人世帯の従事した海苔養殖業による年平均海苔水揚高は一三、五二二、一三三円(計算式は、(一四一一一八八七+一二九三二三八〇)÷二=一三五二二一三三である。)となるところ、その五一・八%である七、〇〇四、四六五円が原告一人世帯の、昭和五三、五四年度の平均年額所得と推認してよいと思われる。

(2) 昭和五五年度(原告両名が本件受傷により、その労働に影響を受けた年)は、昭和五三、五四年度の収入比〇・七九とみるのが相当であるから、本件事故さえおきなければ、原告らは一〇、六八二、四八五円(計算式は、一三五二二一三三×〇・七九≒一〇六八二四八五である。)の収入を得ることができた筈であると推認してよい。

(3) そして、有明海区における海苔養殖業漁家の昭和五五年の収入に占める所得の割合は〇・三七六であるから、原告一人世帯の昭和五五年度の所得も、四、〇一六、六一四円(計算式は、一〇六八二四八五×〇・三七六≒四〇一六六一四である。)はあつて然るべきであつたと推認しうる。

(4) しかし、昭和五五年度においては、原告一人世帯の有力な一員であつたと思われる原告両名の息子夫婦が昭和五五年七月頃から翌年二月頃までの約七か月にわたつて海苔養殖業に従事していなかつたのであるから、右業が長年の経験と勘がものをいう仕事であつても、息子夫婦の寄与率が一般的に四割は下らないとみることが相当と解されるから、単純に計算しても、昭和五五年度の原告一人世帯の得べかりし所得のうち〇・二三三の割合は息子夫婦の寄与分(計算式は、〇・四÷一二×七≒〇・二三三である。)とみた方が妥当というべく、結局原告両名の本件受傷による昭和五五年度分の得べかりし所得は三、〇八〇、七四三円と算定されることになる(計算式は、四〇一六六一四×(一-〇・二三三)≒三〇八〇七四三である。)。

(5) しかるに、昭和五五年度の実際の原告一人世帯の海苔水揚高は一、五八四、〇五八円であつたが、比例経費としては、右額の二六・九%は必要であつたと解されるから四二六、一一二円が支出されているものといえる(計算式は一五八四〇五八×〇・二六九≒四二六一一二である。)。その他に同年度においても、海苔養殖に不可欠の一定経費は、収入の多寡に拘らず投資しなければならないところ、昭和五三年においてさえ、一定経費については海路口漁協の海苔養殖業者は、収入の二一・三%とみるのが一般的であつたから、原告一人世帯に関しても、同年において三、〇〇五、八三二円(計算式は、一四一一一八八七×〇・二一三≒三〇〇五八三二である。)は一定経費として投資していたものと推認しうるところ、昭和五五年度においても、右金額を下らない金額を、一定経費として投資していると推認してもよい。とすれば、昭和五五年度は、少くとも右両経費の和と右水揚高との差である一、八四七、八八六円(計算式は、四二六一一二+三〇〇五八三二-一五八四〇五八=一八四七八八六である。)の損失がでていることになる。(このことは、昭和五五年度の課税台帳記載の所得額が零であることとも、結論的には符合する。前記1(4)参照)

(6) 以上のようにみてくると、昭和五五年度の原告一人の逸失利益は右(4)及び(5)の和、即ち四、九二八、六二九円(計算式は、三〇八〇七四三+一八四七八八六=四九二八六二九である。)となるように思われる。

(7) 右(6)の結論には、若干の問題がないでもない。

第一に、基礎となるべき数字が、相互に関連性をもつた厳密な統計によつているわけではないので、推論に推論を重ねざるをえなかつたという点である。しかし、この点は、本件証拠をみる限り、止むをえないことであつて、許容しうる範囲内の推論である、といいうると思われる。

第二に、比例経費、一定経費についても、又、原告キミエの逸失利益についても、一切を原告一人のものに包含させて計算していることである。しかし、この点も、原告一人を中心とする世帯員全員が海苔養殖業に従事し、所得申告は原告一人の名でのみなし、漁協に対する関係でも原告一人の名でのみ申告をなし、しかも、弁論の全趣旨によると、原告キミエは原告一人の名において原告キミエ分の逸失利益をも請求することを是認しており、息子夫婦らが本件事故に基づく損害を請求する余地はないと認められるから、原告一人の名において、原告ら四人の昭和五五年度の逸失利益を請求することも許されると解すべきである。

(8) 職務上顕著な統計資料によると、原告一人と同年代の熊本県内におけるパートタイム労働者を除く男子労働者(サービス業を含む。)の昭和五五年における年収が二、七四二、一〇〇円であることや、原告キミエと同年代の熊本県内におけるパートタイム労働者を除く女子労働者(サービス業を含む)の同年度における年収が一、七一〇、九〇〇円であること、右金額を合計すると四、四五三、〇〇〇円となることも、右(6)の結論の妥当性を間接的に裏付けるものであると解される。

(9) 従つて、昭和五五年度の原告一人の本件事故に起因する逸失利益は四、九二八、六二九円ということになる。

3  右2の説示に反する原告一人の主張について、若干検討する。

(1) 同原告は、海路口漁協を通じる出荷分のみならず、自家生産する「味付海苔」が年間二〇〇万円の収入がある旨主張し、原告一人本人尋問の結果及び同結果により成立を認める甲第二〇号証はそれに副うかのようである。しかしながら甲第二〇号証の記載内容の正確性について、それを担保するものが乏しいばかりか、経費等控除分についての資料もなく、しかも、自家生産する海苔が、海路口漁協作成の原告一人の水揚高に関する証明書(前掲甲第四号証)に含まれないということについても確たる証拠を見出し難い以上、同原告の右主張を肯認するのは困難である。

(2) 同原告は、昭和五六年度分についても逸失利益があつた旨主張し、原告一人はそれに副い、本件受傷の結果、船酔いのため同年度も十分な労働が出来ず、その結果損失を被つた旨供述する。しかし、前記認定の、同原告についての傷病名、治療経過、年齢、既往歴等を総合勘案すると、昭和五六年度分についてまで本件受傷による影響があつたとの心証はとり難く、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

(二)  慰藉料

前記認定の本件事故の態様、本件受傷の内容と治療経過、その他諸般の事情を総合勘案すると、慰藉料としては、原告一人の場合一二〇万円、原告キミエの場合一五〇万円とみるのが相当である。

(三)  損害のてんぽと未てんぽ損害額

請求原因三(三)については、いずれも当事者間に争いがない。してみると、未てんぽ損害額は原告一人の場合四、五八六、二六九円(計算式は、四九二八六二九+一二〇〇〇〇〇-一五四二三六〇=四五八六二六九である。)、原告キミエの場合一〇五、九六〇円(計算式は、一五〇〇〇〇〇-一三九四〇四〇=一〇五九六〇である。)ということになる。

(四)  弁護士費用

原告らが、原告ら訴訟代理人弁護士に本件訴訟を委任していることは本件記録より明らかであるところ、原告ら主張によれば、原告一人がその総費用を負担する旨約していることが認められる。そして、本件訴訟の全過程を概観すると、本件事故と因果関係の認められる弁護士費用としては四五万円をもつて相当と認める。

四  結論

してみれば、被告は、原告一人に対して五、〇三六、二六九円及びこれから弁護士費用を除いた四、五八六、二六九円に対する本件事故後である昭和五五年五月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、原告キミエに対して一〇五、九六〇円及びこれに対する右同日から完済まで右同様の割合による遅延損害金の支払義務があるので、原告らの本訴請求を右の限度で認容し、その余をいずれも棄却することとする。よつて、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 簔田孝行)

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